プロ生活の始まり
サポサポ そういった努力の末にプロに入ったJリーグですが、まず水戸ホーリーホックで2年、そのあとに湘南ベルマーレで1年を過ごしています。
この時はどういった心境でしたか。
須藤さん 水戸の2年間は自分自身が上に行きたいっていう思いが強かった。
だから、とにかく点を取りたかった。
自分のFWとしての価値を上げるためにゴールを目指したよ。
そうしたら本当にオファーが来てね。
サポサポ かつてオファーをくれたチームというのも運命的ですね。
須藤さん そうなんだよね。
前にオファーをくれた時とは別の人がスカウトだったんだけどね。
そういえば、実は甲府でスカウトをやっている森さんが、当時は湘南にいたんだよね。
スカウトの森さん
現在は甲府で主に新卒の担当をしているスカウトです。
近年、新卒選手が活躍しているのは、森さんによるところも大きいと言われています。
サポサポ そうなんですか?
思わぬところでつながりがあったんですね。
ヴァンフォーレ甲府
サポサポ 湘南のあと、甲府へ来た訳ですが、どういうきっかけだったんでしょうか。
須藤さん 湘南が監督から選手まで全て入れ替えるタイミングだったね。
サポサポ チームを一新したんですね。
須藤さん それで「もうクビだよ」って言われた。ただ須藤は甲府からオファーが来てるぞって言われてね。
湘南でプレスリリースを出して門戸を広げつつスカウトを待つか、甲府へ行くかっていう選択肢を聞かれたんだけど、その時は即答で「甲府で」って言った。
サポサポ どんな理由だったんでしょうか。
須藤さん ひとつにはオファーを貰った時の監督が大木さんでね。
面白そうだと思っていたこともあって。
ただ、大木さんはその時に清水へ戻ってしまったから、実際にプレーしたのは松永さんになってからなんだよね。
そうはいっても、大木さんが最下位脱出という形でチームを変えたタイミングではあったから、これから上に行きそうなチームだなと思ったよ。
大木さん、松永さん
大木監督は2002年にヴァンフォーレ甲府の監督をやった後、清水エスパルスに呼び戻され、後釜として松永英機監督が就任しました。
松永監督が2年間ヴァンフォーレ甲府の監督をしている間、大木監督は清水エスパルスと川崎フロンターレユースの監督をしており、松永監督退任後に改めて大木監督が再就任しました。
サポサポ 実際、甲府に入った感じた印象はどういうものでしたか。
須藤さん 水戸に似てるなって感じでした。湘南はクラブハウスも施設も整っていたので。
甲府は水戸だなって(笑)
サポサポ なるほど(笑)
須藤さん でも、いい選手はたくさんいたからね。
このメンバーの中でやればひょっとしたら良いところまで行けるんじゃないかとは思ったよ。
松永さんの時はちょっと順位的に停滞していた部分もあったけど、大木さんが帰ってきたら一気に躍進したでしょ。
サポサポ すごかったですよね。怒涛の勢いでした。
J1昇格
サポサポ J1昇格を語る上で欠かせないのがあの札幌戦ですね。
あの札幌戦
ヴァンフォーレ甲府の初昇格時には様々な奇跡的展開の試合を繰り広げているのですが、その中でも有名な試合の1つです。
「あの札幌戦」とは、2005年の42節、敗退したら昇格が絶望的となるコンサドーレ札幌戦で、1-2のまま迎えた後半ロスタイムに、まさかの3得点で逆転勝ちをした試合です。
この3得点のうち、2点が須藤さんによるものです。
須藤さん あれもね、結局のところは「あきらめない」ってこと。
最後の最後まで何があるかわからないっていうのはいつも思っていたけど、もう一度思わせてくれたよね。
技術も判断も戦術理解も必要だけど、そこにプラスして気持ちがないとダメだと思う。
サポサポ ちなみに須藤さんの場合、ロスタイムで何とかしようと思った時にはどういうプレーになるんでしょうか。
須藤さん 俺の場合はスイッチ入れて前からがむしゃらにいく。
それでミスを誘ったっていいし、なにか起こればいいんだから。
サポサポ 実際、札幌戦ではとんでもないことも起きました。
とんでもないこと
前述のとおり、奇跡的なロスタイム連続弾を決めた試合でしたが、最後の得点は相手のGK林卓人がミスキックでボールを味方の背中に当ててしまい、そこから転がったボールを須藤さんが決めたというものでした。
須藤さん そう、あれに関しては、今だから言うけどボールを持った相手のキーパーにちょっと体が当たってるんだよね。
サポサポ 蹴るときに邪魔になったのかもしれないですね、それでキーパーのキックが相手のDFに当たってしまったわけですか。
それにしてもうまい具合に目の前にそのボールが転がりましたよね。
須藤さん 奇跡的だったね。
しかも、あの手のミスが出た時ってFWは背中を向けてて意外に気づかないんだよね。
サポサポ 諦めていないからこそ、ボールをずっと目で追っていたわけですね。
須藤さん そう。そうしたら本当に目の前に来てね。
でも、すごい緊張したよ、外したらどうしようって(笑)
サポサポ いやいや(笑)
あの時はサッカーも特徴的というかイケイケでしたけど、選手も個性的でしたよね。
須藤さん そうだよね。
藤田(健)、倉貫(一毅)、克っちゃん(石原克哉)もそうだし・・・バレーもね。
いろんなストロングポイントを持った選手がいたよね。あ、長谷川太郎とかも。
平均値の選手とかはいなくても大丈夫。なにか劣ってても、その分だけ何か秀でてれば良いってね。
やれないことはやれないし、やれることをやればいい。
サポサポ そういう考え方や、足を止めずに必死に追うサッカーが、当時のメンバーと見事にハマったんですね。
須藤さん 逆に今、ああやって積極的にボールを取りに行って攻めるサッカーが主流になってきているよね。
割と狭いところでも通していくし。
指揮をするなら、自分もそういうサッカーをやりたいとね。
自分でやるとしたらもっとサイドを広く使ったり、引いて守ったりっていう部分も必要とは思うけど、そういう部分も踏まえつつガンガン攻めて行きたい。
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